堀田圭江子/音楽療法セラピスト®、音楽療法士、産業カウンセラー
堀田圭江子
洗足学園音楽大学 声楽家卒業。高校教員を経て音楽療法士となる。
30年以上の音楽療法の臨床経験を生かし「音楽療法セラピスト®養成講座」を主宰。
音楽療法セラピストを志す後進の育成にもあたっている。

最近では高齢者施設で音楽療法を活動に採り入れているところもずいぶん多くなってきました。
そこでは高齢者の方の心身の機能回復や維持、意欲向上、発語促進などの目的で音楽療法が実施されています。

高齢者の方の音楽療法は、音楽の特性(直接情動に働きかける・長期記憶に刺激を与える・運動を促す)を活用したプログラムになります。実際には参加者の心身の状態に合わせて歌を歌ったり楽器を演奏したり、体を動かし、会話も楽しむ内容です。

このように音楽療法は参加者の心身の状態に合わせたプログラムを行うため、高齢者の方も無理なく参加できるのです。

そのため、高齢者の方の発語をやイキイキした表情も引き出され、体もスムーズに動くようになり、心身共に元気を取り戻すことが期待できます。

様々なメリットが期待できる高齢者の音楽療法ですが、その音楽療法に欠かせないのがプログラムです。しかしプログラムの内容は歌唱や体操にだけに偏ってしまい、「マンネリになりやすくて困る」という声も多く聞きます。

ここからはそんな悩みにお答えすべく、マンネリしない集団音楽療法のプログラムの作り方についてお話しします。

1、マンネリしないプログラム作成の手順

プログラムを作成する際の実際の手順をご紹介します。

その前に音楽療法のプログラムを定義しておきたいと思います。

音楽療法のプログラムとは、
1回のセッションで行う体操や歌唱、楽器演奏などの始めから最後までの各項目を指します。

(1)参加者の状態を理解する

はじめに音楽療法に参加される方についての情報を集めます。

そして、どんな方が参加されるのか、おひとりずつについてできるだけ詳しく理解しておきましょう。そうすることで、適切な個別目標の設定ができますし、セッション中のアクシデントにも対応することができます。

では、どのようなことを理解するのか?と言いますと
例えば、アルツハイマー型認知症と診断されている方の場合

  • 年齢
  • 性別
  • 家族構成
  • 出身地
  • 身体状況(マヒや難聴、発作有無など)
  • 既往歴
  • 介護度
  • 会話が成立するかどうか
  • 心理状態(イライラしている、不安が高い、意欲がないなど)
  • 生活する上での困りごと
    (立ち歩きが多い、食事の時飲み込みが悪い、暴言豪力がある、異食、昼夜逆転など)
  • 音楽の趣味(好きな曲や好きな歌手、好みのジャンル)
  • 演奏できる楽器(ピアノ、ギター、三味線、ウクレレ、ハーモニカなど)
  • 介護職員さんのニーズ

などです。

また介護されている家族やサポートしている方が何に困っているかも明確にしておくことも重要です。

認知症については厚生労働省が運営するサイトを参考になさってください。

(2)個別目標を設定する

次に集団音楽療法であっても参加者一人ずつに目標を設定します。

その際には「改善したいこと」「もう少しこうなるといいなと思うこと」「家族やサポートする人のニーズ」を考慮して目標を設定するとよいです。

では、アルツハイマー型認知症と診断されたAさんの例をあげて個別目標の設定までを解説してみます。

アルツハイマー型認知症と診断されたAさん(女性)の場合

年齢 82歳
性別 女性
家族構成 現家族は娘さんと2人暮らし
出身地 東京出身
見身体状況 身体にマヒはなし
歩行は自力でできる
既往歴 今まで大きな病気はしていない
介護度 要介護度3
会話が成立するかどうか 発語は単語程度。
会話は成立しない。
心理状態 険しい表情でイライラしていることが多い
生活する上での困りごと 入浴やトイレの誘導を拒否する
夜間も立ち歩きがある
音楽の趣味 ママさんコーラスを趣味でやっていた
演奏できる楽器 なし
介護職員さんのニーズ イライラの状態や介助拒否を減らしたい

このような情報から
次のように考え目標を導き出します。

a、クライアントの改善したい状態を明確にする

この場合の改善したいことは、「介助拒否やイライラしている状態を減らす」です。

b、改善したい言動の原因を考える

次に、なぜクライアントがのイライラしているのか?
その理由を考えます。

例えば、
「自由に歩き回ることができない不満や知らない所、知らない人がいることでの不安があるかもしれない。その不満や不安がストレスになっているのではないだろうか」

c、個別目標を設定する

そして、改善したい言動の原因をどのように解決できるかを考えて個別目標を設定します。

  1. 「不満や不安がストレスになってイライラした状態になっている」と仮定する
  2. そこから「ストレス発散をする」という個別目標を導き出します。

(3)プログラムを作る

個別目標の設定ができましたら、次はプログラムの作成です。

音楽療法のプログラムには決まった形やマニュアルはありません。
ですが、クライアントの行動変容を促すプログラムにするためには、次のポイントが重要になります。

プログラムを作る際のポイントは3つです。

1:個別目標に沿った内容にする

明確な個別目標が設定されていることで
その目標に沿ったプログラムを作ることができます。

例えば

  1. 「ストレス発散」の目標に沿ったプログラムとは
  2. 「太鼓を叩く」プログラムでストレスを発散。

2:3つの要素(体を動かす・歌う・楽器を演奏する)を採り入れること

1回のセッション(活動)の中に体を動かしたり、歌ったり、楽器を演奏したりする項目をプログラムにバランスよく採り入れます。

(A)体を動かす

メリット:

  • 体の緊張をほぐす。
  • そのことでセッションに集中できる。
  • 心を開くことができる。

例えば、
鉄道唱歌の曲に合わせて、足踏みや手拍子、肩たたき、足叩きをする。

(B)歌う

メリット:

  • 歌う活動は全身運動でもある。
  • ストレス発散や気持ちの開放や浄化にもなる。
  • また、長期記憶と結びつきやすいため回想しやすい。
  • クライアントの知っている曲を使用し歌唱の後に会話に広げることもできる。

(C)楽器を使う

メリット:

  • 歌唱ができない方でも参加できる。
  • 合奏では一体感や役割を体感できる。
  • 楽器を演奏する際には手や腕を使うため
  • 体の動きが誘発される。
  • 打楽器はストレス発散に役立つ。

3:優先する個別目標を決めてプログラムにする

参加者全員の個別目標が設定できたら、同じ個別目標の人の人数を数え順位をつけます。

例えば、20名の集団の場合。

  • 個別目標
    • 「ストレス発散」→6人
    • 「意欲向上」→5人
    • 「発語促進」→4人
    • 「上腕の可動域を広げる」→3人
    • 「活動性を上げる」→2人
高齢者集団音楽療法プログラム作成例(参加者20人の場合)
プログラム内容 目的・個別目標
1、始まりの歌 個別目標「活動性を上げる」が2人

  • セラピストが参加者の体調を把握する。
  • 参加者がプログラムに馴染み、
    安心して参加してもらうため順番と内容は変えない。
  • マンネリもOK。
2、自己紹介(1人ずつ)
3、体操
4、太鼓演奏 個別目標:「ストレス発散」が6名
5、合奏 個別目標:「意欲向上」が5名
6、歌唱(季節の歌)と歌にまつわる質問 個別目標:「発語を促す」が4名
7、終わりの歌
  • クールダウンする
  • 毎回同じ曲を使う

2、マンネリを打開するコツは「ワンテーマ方式」

今までお話ししたプログラムの作り方を実践していくことで、効果的な音楽療法を行えると思います。

それにもかかわらず、マンネリになった場合には次の方法を試してみてください。

「テーマを1つもつ」

例えば
「テーマを夏」とします。

その場合は

  1. 歌唱曲は「夏は来ぬ」を使用する
  2. 楽器演奏は「鈴」を使用し涼しげな音で夏を感じる
  3. 体を動かす際には「うちわ」を使用して盆踊りの振り付けで踊る

など各項目、夏に関連することを採り入れるのです。

そうすると、選曲も話題も必然的にテーマに沿ったものになり統一性が出ます。
プログラムに統一したテーマがあると、話題が脱線したり何かアクシデントがあった場合でもすぐにテーマに戻れます。

また、短期記憶が悪いと言われる認知症の方でもテーマとなっているキーワードが繰り返し出現するため「その日の話題」や「プログラムの内容」を理解しやすくなるというメリットもあります。

私はこの方法を「ワンテーマ方式」と呼んでいます。

3、個別目標に対応する曲紹介

では次に、個別目標に対応する曲を紹介します。
明確な個別目標を設定し、その目標に沿った選曲をしましょう。
ぜひ歌唱の選曲の参考になさってください。

「ストレス発散」に活用できる曲

  • 旅の夜風
  • ああ人生に涙あり
  • 高校三年生
  • 東京音頭
  • 草津節
  • 炭坑節
  • おお牧場はみどり

ストレス発散に適している曲の特徴

  • 「リズムがはっきりしている」
  • 「手拍子や足踏みなどの動きをつけやすい」

ことがあげられます。

なので、手拍子や足踏みなどの簡単な動作をつけながら歌唱するとストレス発散に効果的です。

「意欲向上」に活用できる曲

  • 山小屋の灯
  • 憧れのハワイ航路
  • 港町十三番地
  • 東京ブギウギ
  • 青い山脈
  • 二人は若い
  • 三百六十五歩のマーチ

意欲向上に適している曲の特徴

  • 「明るい曲調」
  • 「希望や勇気が出る歌詞」

などにあります。

なので、歌詞の内容を味わいながら歌唱するといいでしょう。

また、顔を上げて歌えるように、歌詞はホワイトボードなどに書くか、模造紙に書いてホワイトボードに貼りましょう。

「リラックス」「クールダウン」に活用できる曲

  • 故郷
  • あの町この町
  • 今日の日はさようなら
  • 夕焼け小焼け

リラックスやクールダウンに適している曲の特徴

  • 「ゆっくりしたテンポ」
  • 「よく知られている」

などがあります。

ですので、歌詞を見なくても歌える曲や小さい頃から口ずさんでいる曲を選曲しましょう。
馴染みの曲は参加者を安心した気持ちにさせてくれます。

セッションの最後に、気持ちを整えるようにゆっくりと静かに歌いましょう。

4、季節に対応する曲と活用例紹介

四季ごとに分類した曲(各季節1つずつ)と実際のセッションでの活用方法(各季節1つずつ)を紹介します。

<春>

  • 早春賦
  • 朧月夜
  • 蘇州夜曲
  • 荒城の月
  • 春が来た
  • こいのぼり
  • どこかで春が
  • 春の唄

活用例

使用曲
早春賦
方法
音読する→歌唱する→歌詞まつわる質問をする→歌唱する
質問例
セラピストは歌唱の後に参加者に次の質問をする

「春の山菜はなんですか」
「春を色で例えると何色ですか」

質問の最後に

「皆さんから春にちなんだお話を聞くことができました。では、もう一度一緒に早春賦を歌いましょう」

とアナウンスし再度歌唱を促す。

<夏>

  • 茶摘み
  • 夏は来ぬ
  • 雨降りお月
  • あめふり
  • 我は海の子
  • 浜辺の歌
  • 夏の思い出

活用例

使用曲
我は海の子
使用する楽器
オーシャンドラム(波の音を奏でる楽器)
方法
オーシャンドラム(楽器)で波の音を味わう
音読する→歌唱する→質問する→楽器の音を聞く→歌唱する
質問例
セラピストは歌唱の後に参加者に次の質問をする。

「波の音はどのような音でしょうか」

そして、参加者に目を閉じてもらい、オーシャンドラムをセラピストが鳴らす。

「波の音に聞こえますか?」と問いかけ、波の音を鳴らして、海にいる気持ちを体験をしてもらう。

ではもう一度「我は海の子」を歌いましょうと歌唱を促す。

<秋>

  • 里の秋
  • 赤とんぼ
  • 村まつり
  • 旅愁
  • 紅葉
  • 月の砂漠
  • 十五夜お月さん
  • 秋の夜半

活用例

使用曲
月の砂漠
使用する楽器
オーシャンドラム(波の音を奏でる楽器)
方法
楽器の担当と演奏するリズムを設定して演奏する。

「タンバリン演奏」と「鈴の演奏」の2つにグループを分ける。

演奏するリズムは「トントンシャラシャラ」を最後まで繰り返す。

トントン(2拍)の部分→タンバリン叩く
シャラシャラ(2拍)の部分→鈴をふる月の砂漠の曲に合わせてタンバリンと鈴を鳴らす。

<冬>

  • 冬景色
  • たき火
  • 冬の夜
  • ふじの山
  • 冬の星座
  • スキー

活用例

使用曲
スキー
方法
スキーの曲に合わせて体を動かす。

冬の寒い時期は体が硬くなっているので、スキーの歌を使って体を動かしていきましょう。

山は白銀 朝日を浴びて →両手一緒に肘を曲げて前後にふる
すべるスキーの 風切る速さ →足踏みをする
飛ぶは小雪か 舞い立つ霧か →両手を上に広げる
お、お、お、 あの丘われらを招く→両腕を曲げて脇をしめる

おわりに

集団のセッションには、様々な方が参加されています。
反応も音楽の趣向もバラバラです。

その中でのセッションで、
最初から最後まで参加者全員の満足や反応を目指すことは不可能なことなのです。

ですので、「セッションのどこかで反応が出たらいい」「今日のセッションのどこか1つでも満足してもらえたらいい」と考え肩の力を抜いてセッションを行ってみてください。

そのようにセラピストが気持ちに余裕を持つことで、参加者の思わぬ反応や発言がみられるかもしれません。

参加者の楽しんでいる姿やイキイキした表情を思い浮かべながら、プログラム作りをしていただけたらと思います。

ぜひお試しください。